わたしは文學界で読んだ。
三木氏は第163回にもノミネートされていて、その時の感想はこちら。
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さて、本作は文句なく読みやすい。ラノベ並みの読みやすさだ。さらに、内容がさほど深くないところが良い。今回は猿の戴冠式を筆頭に読みにくい作品ばかりだったので、ホッとさせられる。
内容もつまらなくはない。ただ、受賞は厳しいと思う。
ネタバレ有り!
主人公は30歳ほどの独身女性。独身女性の苦悩を書いた作品は多いが、本作は典型である。
職業はピアノの講師。伴奏なども引き受けるフリー。もともと正社員として音楽教育関係の会社に勤めていたが、退社したばかり。退社の理由は判然としない。主人公は冗談めかして、生徒と不倫、というがよくわからない。
場面転換もほとんどなく、子供にピアノを教える話、よし子という声楽家の伴奏をする話、優という目の見えない友達に会いに行く話。夜行バスで彼氏らしい人物に会いにいく話。
タイトルのアイスネルワイゼンとは、友達が作曲した曲名。しかし、この友達は死んでしまった。
主人公は友人の紹介で声楽の伴奏を引き受けるが、友人はギャラを中抜きしているらしい。主人公は友人のことを金の亡者と批難する。すると、友人は主人公を「サイコパス」だと批難する。
主人公目線で読み進める読者は、その一言でハッと我に返る。(わたしはハッとした)
たしかに、主人公目線だと、主人公の言動には辻褄があっているように見えるが、他者からはどう見えているのか、それは分からないのである。
そこから、主人公に対する感覚が狂い、また、主人公の言動も狂っていく。主人公の内面の変化に合わせ、読者は主人公と距離を置き始める。(わたしは置き始めた)
それは同時に、自分自身がこの主人公のようになっていないか、そういう危惧を抱くからである。
弱いところは、主人公の狂う動機が薄いところである。動機を掘り下げないと、主人公の苦悩が伝わってこない。大した理由もなく、一人で苦しんでいるような印象を受けてしまう。
ラストまでわかりやすすぎたので、ラストはすこし裏切って欲しいような気もした。頭のてっぺんからつま先まで、わかりやすい作品であった。