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第171回芥川龍之介賞候補作品 尾崎世界観『転(てん)の声』(文學界6月号) を読んだ

 

 

 

上記のAmazonの商品解説には以下のように書いてあった。

 

第171回芥川賞候補作。
「俺を転売して下さい」喉の不調に悩む以内右手はカリスマ”転売ヤー”に魂を売った⁉ ミュージシャンの心裏を赤裸々に描き出す。

 

なかなか上手い、簡潔なコピーである。魂を売った!?の?に注目である。

 

著者はミュージシャンでもあるらしい。ミュージシャンとしての活動や実力の程は知らないが、わたしは著者を第164回芥川賞にノミネートされたときに知った。

 

yoshinori-hoshi.hatenadiary.jp

 

164回の時の作品は音楽とは何の関係もなく、単に純文学小説の真似事のようなつまらない作品だった。ミュージシャンが知名度だけで小説を書いてみたんだろう程度の感想しかなかった。

 

故に今回も全く期待していなかったのであるが、数行読んでライブチケットの転売の話だとわかり俄に興味が湧いた。

 

主人公も本人を思わせる少し売れているミュージシャンということ。上記のコピーに違いなく赤裸々に書いてあるところもいい。実に興味深い作品だった。

 

 

ネタバレあり

 

チケットが転売されることに関して、ミュージシャンがどのように感じているのかが如実に綴られている。感心した。

 

小説の中でもミュージシャンは表向き転売ヤーを嫌い「転売チケットを買うな!」という。しかし、裏では転売されて値が上がることが快感でたまらない。

 

この小説の中ではローリングチケットなる団体が出て来て、転売の功罪の「功」の部分をよく説明する。ローリングチケットは転売で得た利益をアーティストに還元している。(転売の本質はアーティストに還元云々のはなしではないので、このあたりは減点対象になりそう)

 

いろいろ見所の多い作品なのであるが、主なる所は「以内」という主人公の売れることに対する執心である。その手段の一つに転売があり、プレミアという概念がある。ミュージシャンのプライドのようなものがにじみ出る。チケットは売れればいいわけではない。ライブは儲けが出ればいいわけではない。金銭とは別に精神的に満たされる必要があるということが描かれている。

 

その他にもSNS時代なのでリアルタイムでファンやアンチの声がダイレクトに伝わる。また、同じファンでもコメントの仕方によっては盛り上がりに水を差したりだとか、以内の一喜一憂が描かれている。

 

作家がロックバンドを題材にして作品を書くことはよくあるが、本物のバンドマンが書く描写には他にはないリアリティを感じることが出来た。ライブ会場の最前列にいる「地蔵」の存在や、会場にぽっかり「ハゲ」ができるとか。ミュージシャンはただステージで歌っているだけでなく、色々なことを観察しながら歌っていることがわかる。

 

さて、転売とプレミアをテーマにして書いているのであるが、バンドマンの葛藤だけでは物語にならないので、エノケンという転売や無観客ライブを仕掛けるエンターテイナー、転売で有名になったバンドLIMなどを登場させ、後半はエノケンVS【LIM】など物語が展開する。

 

無観客、プレミア、などには様々な哲学的な考察が加えられる。無観客とプレミアは相関関係であるらしいがちょっと理解が追いつかなかった。たとえば、チケットを買い、敢えていかないということで、観客はアーティストと対等になれる。などというが、わたしはそこまでライブや特定のアーティストに思い入れがないので、よくわからない。この辺も審査員によっては忌避されるのではないだろうか。

 

小説を書いていてよくあることであるが、自分で自分の小節がコントロール出来なくなり、自分でも何を書いているのか分からなくなることがある。力業で着地させるしかなくなることがある。後半三分の一はそんな感じだった。必ずしもそれが悪いわけではない。

 

受賞の可能性は充分にある。たとえ受賞を逃したとしても、読む価値のある作品である。

 

著者(小説の主人公?)は執拗に自らに関することをネットで検索するようなので、これを読むかも知れないと、おべっかを使っているわけではない。