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第170回芥川賞候補作 川野芽生「Blue(ブルー)」を読んだ。感想。レビュー。

 

 

わたしはすばる8月号で読んだ。この人の作品は初めてである。

 

2023年すばる8月号は特集として「トランスジェンダーの物語」が組まれている。8月号の約半分がこの特集である。その中の1つとして、本作品が収められている。

 

始めに、トランスジェンダーの小説は読みにくい。言うまでもなく、小説とは文字だけで表される。故に、その仕草や微妙な言葉遣いから、読者は性別を判断する。だから、「〇〇はトランスジェンダーである」と書かれるまで、その人物の性別が男だか女だか分からないのだ。

 

かといって「彼はトランスジェンダーである」などと始めから明言してしまえば、これほど味気ないことはない。

 

本作は、学生証の件とか、いろいろな小ネタを仕込んで表現を試みているが、やはりわかりにくさは否めない。さらに、主人公だけではなく、周囲の人間もトランスジェンダーみたいなのが多い。さらに、トランスジェンダーと見せかけて実は違う、などのフェイントもある。

 

ネタバレあり

 

主人公は高校の演劇部に属している。男であるが、中学の頃に男であることに違和感を感じて、高校では女になりきっている。わたしも初めて知ったがホルモン治療とは別に、二次性徴抑制剤なるものがあり、これを投与すると、二次性徴が抑制されて男でも女のような状態が保てるらしい。

 

高校で、主人公は名前も女っぽく変えて、楽しくやるのであるが、舞台は卒業後に移る。

 

両親は多様性を認めて、高額な二次性徴抑制治療費を出してくれていたが、性転換手術をするというと、反対する。性転換手術は多様性に反するというのだ。男でも、女でも、関係ないという思想が多様性であるのに、性転換手術をして、女のカテゴリーに収まってしまうことは多様性に反する。

 

そんな親と喧嘩して、一人暮らしをして、コロナで外出もならず、二次性徴抑制治療が滞ってしまった主人公は、一気に性徴が進んで男化する。背が伸びて髭が生えてくる。最早スカートは履けない。二次性徴が進む主人公を描写する作者の筆は冴えている。「男っぽい、見た目に変化していく自分を、眞靑はまるで、怪物の孵化を見守るように、見つめていた」

 

そして、主人公は今度は一転して、女であることをやめるのである。再び男に戻るのである。高校の同級生と再会して、みんなを驚かす。さらに、主人公は好きな女性が出来て(しかし性的な対象ではなく、精神的らしいが、この辺はよくわからなかった)告白するのであるが、「男としてみられない」という理由で振られてしまう。

 

トランスジェンダーというお題に果敢に挑んだ作品だと思う。小説それ自体としても面白く読めるのであるが、面白さの半分はトランスジェンダーという未知なものに関する情報という部分が多い。小説という形を使ったトランスジェンダーの入門書という感も否めない。

 

ちょっと芥川賞には厳しいと思う。読む分にはとてもお薦めな作品だ。ただし、登場人物も多くて読みにくいが。