文学・文具・文化 趣味に死す!

小説家 星香典(ほしよしのり)のブログ。小説、映画、ファッション(メンズフォーマル)、政治、人間関係、食い物、酒、文具、ただの趣味をひたすら毎日更新し続けるだけのブログ。 ツイッター https://twitter.com/yoshinori_hoshi  youtubeチャンネル https://www.youtube.com/channel/UC0YrQb9OiXM_MblnSYqRHUw

アフター・ワクチン 第4回 その1 その2

戦国時代、明治維新大東亜戦争、過去には面白い時代があった。それなのに、オレはなんて退屈な時代に生まれてしまったんだ。と思ってたらこの騒ぎだ。目の前には人類史上最大のアジェンダが横たわっている。オレは最高にエキサイティングでスリリングな時代を生きている。命は惜しくない。オレは人類のために戦う。

活動家 伊勢原隆(1989―2022)
ワクチン接種法反対デモ中、催涙弾の直撃を頭部に受けて死亡。


アフター・ワクチン 第4回

 

 高田と連絡先を交換し別れたあと、売店で花を買って戻った。陽の足が速くなる秋、電気の消えている病室はもう夜と同じだった。彼女は寝ていた。僕は花を取り替え、椅子に座って彼女を見ていたが、そのまま眠ってしまった。
「新しいお花って……」
 という声で目が覚めた。
「あれ、僕も眠っちゃった。今電気付けるよ」
「いいよ、このままで」
 窓から入る街の灯りが、仄かに室内に届いて、お互いの顔がやっと分かるくらいだった。
「新しいお花。わたし、もう死ぬのに」
「花が新しくて悪いことないでしょ」
「ごめん、ありがと」
 もうあと数時間だろう。いや、数分かも知れない。この瞬間かも知れない。
「高田来たんだってね。さっきそこで会ったよ。少し話した」
「うん。高田君髪伸びてたね」
「何話したの?」
「いろいろ。研究の話とか。あと、高校のころの話とか」
 理恵はいくつか懐かしい話を聞かせてくれた。僕たち三人はよく連んでいた。
「このこと、達也に話しちゃおうかな」
 悪戯っぽく言う。
「なんのこと?」
「ううん。やっぱりやめとこうかな」
「なに、気になる」
「じゃ、言っちゃおう」一息ついて彼女は、「高校入って、三人で同じクラスだったでしょ。わたし最初は高田君のことが好きだったんだよ。どう? びっくりした? 二十年目の告白」
「マジか。そりゃびっくり。それなのに、僕と付き合って、結婚までしてくれたの?」
 そんなことは痛いくらい知っていた。そのことで、どれだけ僕が悩んだことか。
「だから、最初は、って言ったでしょ。高田君には悪いけど、すぐに達也の方が好きになっちゃって、わたしってひどい女だよね」
 違う。君は最高の女性だ。なんで、僕は今日この人と別れなければならないのだろう。あの日の前に戻れるなら、ワクチン接種法違反で後々引っ張られようとも、高田と同じくどんな手を使ってでもワクチンを打たないでいてみせる。君にも絶対に打たせない。
「わたし、まだ死にたくないな」
 彼女は笑顔だったが、その頬には涙が流れていた。
 だから、僕も笑顔を崩せなかった。一度悲しみが堤防を越えてしまえば、僕たちは濁流にのみ込まれて溺れてしまう。
「わたし死にたくない。達也にも死んで欲しくない。子どもだって欲しかった。家族で旅行にも行きたかった。あなたと一緒に歳をとって、金婚式とかみんなにお祝いしてもらって、うちのおじいちゃんやおばあちゃんみたいに、歳をとりたかった」
「僕だってそうだよ……」
 思いの丈を述べようと思ったのに、彼女はまた眠ってしまった。
 トイレで鏡を見ると、目の周りが赤くて恥ずかしい。何回顔を洗っても落ちない。ハンカチで濡れた顔をぬぐい、無理に笑ったら酔っ払いの赤ら顔のようだった。
 病室に戻る途中の誰もいないナースステーションで、誰も見ていないテレビが喋っている。
「本日の死者も一万人を越えました。一日の死者が前日を上回るのは、これで五十三日目です」
 可愛い顔をした女性のアナウンサーは沈痛な面持ちで喋る。世界でも大勢の方がお亡くなりになっているという。ある国では火葬が間に合わずに土葬にしている。それも、ただ穴を掘ってまとめて埋めているだけだとか。有害ワクチンに犯された遺体を埋めることは環境に影響を与えるのではないかとの懸念が生じている、らしい。
 深刻な表情で締めくくると女子アナは、ころっと明るい笑顔を浮かべ地球環境改善のニュースを読み上げて、スタジオに座っている専門家という人に振る。
 専門家は眼鏡の位置を直すとパネルを指さしながら、
「えーと、ここですね。今後15年の予測値です。15年でワクチン接種者の95%、つまり、誤って生理食塩水とか打ったり、虚偽接種をした人以外、当時ワクチンを接種した五歳以上のかた、全てがお亡くなりになるわけです。そこで、多く見積もっても、地球の人口は約4億人にまで減少します。この表が、人口推移と、温室効果ガス排出量をグラフ化したもの。急激な地球環境の改善がもたらされています。10年前の研究では、2040年には不可逆的なクライメイト・チェンジによって、食糧難、グローバルウォーミングによる疫病の発生、海抜の上昇、などなど地球はもう人類が住めなくなるのではないか、そんな予測まであったんですね」
 なるほど。とアナウンサーは深く頷く。
 専門家はさらに熱を込めて、
「ずっと以前から、地球環境の悪化は叫ばれていました。それでも、CO2の排出量は減るどころか増えていましたからね。わたしを含め、多くの研究者がもう手遅れだと思っていました。当時のわたしのコラムを読んでもらえれば分かりますが、わたしはその中で、地球の人口が二十分の一になる以外、地球を救う道はない、とまで書いています。もちろん、当時、地球の人口が本当に二十分の一になってしまうなんて夢想だにしませんでした。それどころか、2050年には百億人と予測されていました。しかし、現実はこの表の通り、人口は激減し、地球環境は急速に改善するはずです。まさに、奇跡が起こったと言っても過言ではないんですね」
「本当に最近、なんか空気が美味しくなったなって、感じますよね」
 などと、にこやかな受け答えをしていた女子アナだったが、一枚の紙が差し入れられるやいなや、俄に真顔となり、
「ただいま、番組の中で不適切な発言がありました。深くお詫び申し上げます」
 深々と頭を下げる。女子アナを映していたカメラが引き、スタジオの全景が映るとすぐにCMに変わった。ただ、それがいつものやり方だとしても、カメラを引いたのは間違いだった。頭を下げるアナウンサーの隣でニヤニヤしていた専門家を視聴者は見逃さないだろう。

 

 

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今日は文字通り一日中書いた。

第4回、その1 その2 となっているのは、ツイッターに併せた表記。ブログでご覧の方には紛らわしくてすまぬ。

第4回はツイッターフォーマットだと、その4、まであると思う。

まだ精査していないが、明日の分は書き終わっているので落とす心配はないと思われ。