ケーキも食べ終え、珈琲を飲みながら、僕は何の気なしに、
「僕が死んだら、理恵はまだ三年以上あるわけだし、僕に気兼ねなく好きなことしたらいいからね」
「なにそれ?」彼女は俄に表情が固まり、「そっか。もし達也よりわたしの方が先に死んだら、達也は好きなことして生きるの? わたしと一緒じゃ好きなこと出来なかったっていうこと?」
そんなことはひとことも言っていないし、思ってもみなかった。
「もし、君が先に死んだら、僕も死ぬ。……いや、そういう意味じゃない」
慌てて取り繕う。僕はなにを言っているんだろうか。僕ではない、もう一人の僕が話しているかのように、自分の声が聞こえてくる。
「僕は、ただ理恵に、僕がいなくなった後も幸せになってもらいたい。それだけ。それ以上でもなければ、それ以下でも――」
理恵は僕の前に両手を押し出して、僕の言葉を遮った。
「やめようよ。未来の話しは。まだあと十日もあるんだよ。この十日間、二人で過ごして、たくさん楽しいことして、美味しいもの食べて、欲しいもの買って、行きたいとこ行って、観たい映画見て、読みたい本読んで――」
今度は僕が理恵の言葉を遮る。
「十日じゃ到底出来そうにないよ。あと十日、一緒にいて欲しい。それで十分」
「もちろんだよ。休みも取ったし、会社の電話にもでない。達也と一緒にいる」
僕は彼女が好きだった。結婚してよかった。そう言ってもらえるだけで、心が満たされる。そんな感動的な夫婦の会話を邪魔するように、僕のモバイルが震えた。知らない番号からだった。ここ数日、行政や医療機関や保険屋などから電話がかかってくることが多く、知らない番号はなれていた。でも、今はもう二十一時を回っている。訝しがりつつ出てみると、
「あぁ、もしもし、達也か?」
「まさか、おまえ」
「おう。そのまさかだ」
電話の向こうでおかしそうに笑っている。
高田だった。
「今日結婚記念日だろ? おめでとう」
「ありがとう」
高田には結婚式で友人代表を務めてもらった。
「結婚記念日邪魔しちゃ悪いから、手短に要件を言うが」
「もう邪魔してくれたよ。最高にいい雰囲気だったのに」
「それは済まない」
全然済まなさそうに聞こえない。
「おまえ、五年ぶりだろ。これまで、なにしてたんだよ」
「その話しも含め久々に会いたいなって。急で悪いが明日行っていいか?」
台所に食器を下げている理恵に、明日高田が来るけどいいか聞いてみた。
明日は裕二君のお墓参りだから夜ならいいんじゃない? とのことだ。
「夜でいいか?」
「ああ。そのつもりだった」
「晩飯でも一緒に喰おう」
「オーケー。楽しみにしてる」
ということで、急遽、明日高田が来ることになった。
僕と理恵は顔を見合わせて、思わず笑ってしまった。
「どうする? どっか食べに行くか?」
「でも、ここの方が落ち着いて話せるんじゃない? わたし久しぶりに料理作るよ」
「僕も手伝うよ」
夜、彼女を抱いた。十年たってますます綺麗になった。若い女性とは違う。急に若い女性との情事が頭に浮かんだ。そんな光景は一瞬で消えたのだけれども、なんか浮気をしたような気がして、慌てて僕は彼女の唇を塞いだ。
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あしたは五時起き六時出発で帰ってくるのがたぶん日付が変わる頃という、年に数回もないハードワーク。なので、たぶんアフターワクチン書けません(T-T)
なので、いま映画の感想書いて予約投稿する!