文学・文具・文化 趣味に死す!

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アフター・ワクチン (第三回)

騙すのは悪いことだ
しかし、明らかな嘘を信じ
真実から目を背け、耳をふさぎ、
破滅へと突き進む人々に
私は同情しない

 

免疫学者 宮川英人(1975-2026)ワクチン接種義務違反で有罪。ワクチン強制接種執行日の前日、留置所内で服毒自殺。

 

 

「達也」
 理恵の病室に戻る廊下で、後ろから名前を呼ばれた。
「まさか、高田?」
 僕がおそるおそる尋ねると、男は笑った。懐かしい笑顔だった。
「おう。そのまさか」
「五年ぶり、くらいか」
 高田は髪が肩に掛かるほど伸びていた。高校の時からいつもオシャレに決めていた記憶なのに、安物のジーパンにネルシャツ姿。声をかけられなければ気がつかなかっただろう。
 高田は缶コーヒーを奢ってくれると言うが、僕はワクチンパスポートが使えるから、と断った。逆に奢ってやろうとしたが、連続して二つは使えないらしい。
 僕たちは夕陽の射す中庭のベンチに腰掛けた。昼間は過ごしやすい秋の涼しさが、日が傾くと肌寒さに変わる。ホットコーヒーの缶を手で包む。
「なんでここにいるんだよ。どっか具合悪いのか?」
「バカ。理恵の見舞いだよ。たまたまここに同期が務めてて、ほんと偶然に知った」
 高田も理恵のことが好きだった。高田と僕と理恵は同じ高校で、よく三人で遊んでいた。高田は留学してしまったが、日本に帰ってきてからは昔のように会っていた。僕と理恵の結婚式ではもちろん友人代表を務めてもらった。
 親友だった。五年前の、あの事件が起きるまでは。事件以来、高田とは音信普通になっていた。
 僕は珈琲で喉を潤しながら、
「おまえ、いまどうしてんだ?」
 高田は自嘲するように、
「大学はクビ、犯罪者、ワクチン接種法が改正されたあとも、卑怯者のレッテルを貼られ、って卑怯者はレッテルじゃないな。正真正銘の卑怯者だ。今は田舎で麦を作ってる」
 米よりも小麦のほうが儲かるんだと、販売販路や交付金やらの話を聞かせてくれた。
「もう少ししたらおまえの時代だよ。だっておまえは死なない」
「まぁ、当分は死なないだろうが、どうかな。一応前科者だから大学から声がかかることもないだろうし。細々小麦でも作ってるよ」
 高田だけではない。医師や学者、百人以上が一斉に立件された。ワクチン虚偽接種。結構騒がれた事件だった。虚偽接種はワクチン接種法違反であり、高田たちは起訴された。被告たちは最初、自分たちは間違いなく接種したと主張した。しかし、様々な検査から接種虚偽が明らかになり、百余人のうち半数が減刑と引き替えに虚偽接種を認める。虚偽接種を認めれば、強制接種されるが医師免許の剥奪等は免れ、身分は保障されるという司法取引だった。
 高田をふくむ四十七人の医師及び学者は頑なに虚偽接種を認めなかった。一審も二審とも有罪。最高裁で争っているうちにじわりじわりとワクチン死が広がり始める。最高裁でも有罪。強制接種の執行日が確定。ただ、広がり始めたワクチン死は、因果関係不明で片付けるにはあまりにもお粗末だった。高田の強制接種の前日、ワクチン接種法が改正され、強制接種は停止となった。
 高田たちは保釈されたが、無罪になったわけではなく、強制接種はあくまで停止されているだけ。
 ワクチン接種法は未だに運用を変えて存続している。発行したワクチンパスポートはマイナンバーと統合され、IDの役割を果たしている。故に、ワクチンパスポートの偽造、虚偽接種は未だに法律違反。ただ、ワクチン接種及び強制接種がなくなったに過ぎない。ワクチンパスポート不携帯は違反であり罰金刑が科せられる。
 有罪になった医者たちは強制接種からは逃れられたものの、世間からは逃れられなかった。とくに、ワクチンの有効性を喧伝し接種を薦めていたもの、本業のクリニックを休業してワクチンバイトに勤しみ荒稼ぎをしていたもの(一本五千円、一日百本、月に一千万円)。比喩ではなく車ごと炎上して殺されたものもいた。
 僕は高田に会ったら絶対に聞きたいことがあった。下らない近況報告に時間を費やしている暇はない。
「おまえ、どうしてワクチン打たなかったんだよ」
 高田は俯いた。何回か言葉を紡ごうとして、口を開いたり閉じたりして、
「ごめんな。止められなくて」
「そんなことはどうでもいい。あのとき、打たない選択肢なんかなかったんだから」
「達也、そりゃ違うと思う。おまえの場合は裕二がコロナで死んだってのもあるけど、あの九月の時点でワクチンがヤバいなんて話は山のように転がってたぜ」
「ネットにだろ。ネットの情報と、政府や新聞の情報、普通は政府や新聞の情報を信じるだろ? だから、ワクチン接種法が施行される前に八十パーセント打ってた」
同調圧力でな。半分は打ちたくないのに、パスポートだ、利他的だ、社会のためだ、とか迫られて」
「そんなことはもうどうだっていいんだよっ!」
 僕は思わず声を荒げ、握った拳で自分の膝を殴りつけた。本当は、どうだっていいわけないんだ。高田の言うとおり、ワクチンの危険性をうったえて、反対運動をしていた人たち、強制接種になるまで打たなかった人たちもいた。僕は自分の判断で打った。ただそれを社会のせいにして、責任を逃れているに過ぎない。
「おれが打たなかった一番の理由は、ガルシアの警告だ」
 一瞬、言葉に詰まった。
「……嘘だろ、おい」
 今を生きる人間でステファニー・ガルシアの名前を知らないものはいない。NID(国立感染研究所)所長、合衆国大統領首席医療顧問。世界中にワクチンを広めた人間の筆頭である。さらに、危険性が分かっていたにもかかわらず広めたことが発覚。ポルポトスターリンヒトラーをゴボウ抜きで人類史上最悪の名を欲しいままにした。
「勘違いするな。そのガルシアじゃない。兄のアンソニー・ガルシアの方だ。アンソニーは脳機能学者で、留学中の教授だった」
 そう言えば、高田が留学から帰ってきたとき、その話は聞いたことがあった。当時はまだワクチンの副反応が公表されておらず、ガルシアはワクチンを世界に普及させた功績を讃えられていた。その兄から教わっていると高田は嬉しそうに話していた。
「ガルシアはおまえになんて言ったんだよ?」
「まだ接種が開始された五月の頭くらいだったかな。理由は言わなかった。ただ、ひと言、絶対に打つな、って。二回、いや、三回繰り返してた。ネバー、ネバー、ネバー、って。今でも耳に残ってる。だから、おれなりに色々調べたんだ。もし、ガルシアの言葉がなかったら、忙しい毎日だ、何も考えずに打ってただろうな」
 初耳だった。二の句が継げなかった。

 

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今回は文庫ページメーカーで8ページ分。いつもの二倍。

明日は休み! 書きためるぜ!

 

しかし、連載は辻褄が合わなくなったとき、伏線を入れたくなったとき、手遅れなので痛い。