透き通るように青い空が広がっている。秋日の午後。寺の山には色づいた葉がアクセントを刻んでいた。
たまたま本堂から降りてきた住職と目が合った。僕は会釈し、
「すごい、混んでますね」
「ああ、内田さん。ご覧の通りの忙しさです。坊主、まるで儲からず」
住職は戯けて言う。
「墓参りに来ました」
「どうぞ、ごゆっくりお参りなさっていってください」
住職は呼ばれる声に引き寄せられるように、軽く会釈をすると、足早に去った。
僕はその背中を見送る。
傾斜を登って両親と弟、あと理恵が眠る墓を掃除する。水をやり、花を添えて、線香の煙をくゆらす。手を合わせ終えて、
「なぁ、おれはなんだか裕二はどっかで生きているような気がするんだよな」
なんとなく呟いた。そんなことがあり得ないことは十分に知っている。
「なんでそう思う?」
「べつに、そんな気がしただけ」
僕たちがお参りを済ませて、山を下っていると、下から花と水を持った三十代くらいの華奢な女性が登ってきた。十年ぶりに姿を見たが、彼女が高橋由奈だとすぐに分かった。
彼女の方も僕らに気がついたようで目を伏せた。
「どうして、あなたが来るんですか」
黙ってすれ違おうとしたが、僕は思わず言葉を発していた。彼女が弟を殺したようなものだ。
彼女は俯いたまま黙っていた。
「はっきり言って、あなたにお参りして欲しくはありません」
「やめろ。大人げない」
高田が僕を小突く。
「すみませんでした」
彼女はぼそりと呟くと、踵を返し山を下っていった。
彼女を追い返したものの、僕の心のわだかまりは余計にねじれたような気がした。僕と高田はその場に立ち止まり、彼女が山を下りていくのを眺めていた。
「気持ちは分かるが、もう十年だぜ。許してやれよ。おまえだって、彼女だってもう長くないんだから」
「頭では分かってるんだけどさ」
彼女さえいなければ、裕二は死ななかった。十年前、僕の結婚式の翌日、彼女と裕二は心中を図った。それは、彼女に請われたところが多い。少なくとも僕はそう思っている。なぜなら、前日の結婚式で遇ったとき、裕二が自殺するような気配は微塵も感じられなかったからだ。
結婚式の翌日、彼らは勤務が終わると、そのまま樹海に向かった。二人で死ぬつもりだったと彼女は言った。なのに、先に裕二が死に、怖くなって彼女は逃げ帰った。彼女が埋めたということもあり、裕二の遺体は見つけることが出来なかった。警察は殺人で高橋由奈を逮捕した。しかし、有罪にはならなかった。令和の心中事件として、ワイドショーでも若干の話題となった。
十分に間隔を開けたのを確認して、僕たちも山を下る。
「頭では分かってるんだけど、彼女さえいなければ裕二は死なないですんだ。そう思うとやるせないよ」
「まぁ、そうだけどな。しかし、ワクチンさえ打たなければ七十億の人間が死なないですんだ」
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かなり捗ってきました。年内には完結出来そう! 今日で十一月も終わりとは。残すところ一月。