文学・文具・文化 趣味に死す!

小説家 星香典(ほしよしのり)のブログ。小説、映画、ファッション(メンズフォーマル)、政治、人間関係、食い物、酒、文具、ただの趣味をひたすら毎日更新し続けるだけのブログ。 ツイッター https://twitter.com/yoshinori_hoshi  youtubeチャンネル https://www.youtube.com/channel/UC0YrQb9OiXM_MblnSYqRHUw

アフターワクチン 第10回 その3

 

「おつかれ。すごいね。感動した」
 戻ってきた由奈をねぎらう。
「また、適当なこと言って」
「いや、本当。動画も撮ったよ。観る?」
「やだ。消して。それより、裕二も喋れば?」
「おれはあんな上手く話せないし、それに、おれの未来の話なんか誰も信じないだろ」
「そんなことない。わたしは信じてるよ」
 突如、ステージではなく、後方の群衆からどよめきが上がった。大きな地震が起きる直前のような、緊張感が広がり、急に辺りが静まる。
 次の瞬間、怒声が上がり、その怒声は波のように群衆をのみ込んだ。後方で、警官隊ともみ合いになっている。
 怒声はさらに高まる。群衆の移動が始まり、僕たちも押されるようにして警官隊の方へ近づく。公園が怒りに包まれていた。周りの空気が震えるほど、人々の声は鳴り響き、地面を踏む砂利も響く。砂埃が上がり、視界が悪くなる。
 人間の濁流に呑み込まれないように、僕は由奈の腕を掴んだ。由奈も僕の腕にしがみつく。ちょっと気を抜いたら、僕たちは別々の所へ流されてしまいそうだった。何かが飛んで来て、近くで人々が倒れた。びゅん、と不穏な響きとともに、何かが飛んでくる。
 僕たちは慌てて身をかがめる。
 煙が上がった。煙が、次々と群衆の中から上がる。むせ返る、目が痛い、目の奥からの刺激、目玉が飛び出してしまいそう、痺れ、……催涙弾が撃ち込まれた。僕たちは半ばパニック状態で、デタラメに駆け回る人々にぶつかりながら、後方へ逃げる。由奈が激しく転倒した。が、ゆっくり起こしている余裕などなく、僕は力任せに握った腕を引っ張って立たせる。そして駆ける。
 がむしゃらに走った。周りのみんなも走っている。息が上がってくる。何百メートル走っただろうか。
 電柱をに目をやると、渋谷区、と書かれていた。
 振り返って、もう恐怖が追いかけてこないことを確認すると、なんだか笑いが漏れてきた。僕たちと逃げていた他の人たちとも目が合って、一緒に笑ってしまった。
「大丈夫か?」
 由奈は右膝を擦りむいて血を流していた。
「大丈夫。こんな怪我、中学生以来かも」
 由奈は持っていたペットボトルの水を傷口にかけ、汚れを取り除く。染みるのだろう、顔を顰めていた。
 休むのもつかの間、後ろの方で誰かが叫んでいる。
 逃げろ! 逮捕されるっ! 逃げろ! 全員逮捕する気だ! 早くっ! 逃げろっ!
 僕たちデモ参加者は、渋谷の住宅街を、なるべく固まらないように、別々の方向へ分かれていく。
 僕と由奈も、十五分ほど歩いたら、もう二人だけになっていて、デモの面影はなくなっていた。気がつくと、由奈が作ってくれたプラカードも、どこかでなくしていた。
 大通りに出たところで、ちょうど流していたタクシーを拾った。
 運転手に行き先を聞かれたので、
「由奈、南千住でよかったっけ?」
「……あ、裕二んち、寄ったらダメかな」
「別にいいけど」
 僕は運転手に湯島駅と告げた。
「なんかさ、さっきまでテンション上がってて、全然平気だったんだけど、みんないなくなって、二人だけになって、遠ざかって、タクシーに座ったらさ、急に怖くなってきちゃった」
「うん。これ洒落じゃない」
 自分たちが歴史の一コマに絡んでいる感覚に、僕も足がすくんでいた。
 車窓から眺める東京は、デモがあったことなど嘘のように穏やかで、外堀跡と神田川沿いに走る景色は、休日の平和な東京以外のなにものでもなかった。

 

 

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ツイッターの方では文庫ページメーカーでUPしてる。

 

100ページ達成!祝!祝

 

ページあたりの文字数を設定できるので、文章が多いときは文字小さめ、少ないときは文字大きめ、などで一日4ページ乃至8ページ更新してきた。

 

わたしらしくもなく、毎日コツコツ書いている。

 

この連載の間でも、ワクチンへの不信は間違いなく広がってきた。でも、ワクチンパスポートの準備も進んでいる。

 

いったい世界はどうなってしまったのだろうか?