文学・文具・文化 趣味に死す!

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第169回芥川賞ノミネート作品 千葉雅也「エレクトリック」(新潮2月号)を読んだ

 

 

 

選考会は7月19日らしい。

余裕で全部読めそうである。

 

千葉氏は三度目のノミネート。

過去のわたしの書評をみたら、ケチョンケチョンに貶していた。

 

デッドライン 千葉雅也 を読んだ 芥川賞候補作品 感想 レビュー - 文学・文具・文化 趣味に死す!

 

 

オーバーヒート 千葉雅也 165回 芥川賞、ノミネート作品 を読んだ - 文学・文具・文化 趣味に死す!

 

デッドラインなどでは、「哲学者が小説を囓った」とか身も蓋もないことを書いていた。

 

しかし、今回の作品はよかった。とくに、文章の成長っぷりは半端ない。小説である。

 

今回はゲイネタも押さえられていて、というか、ゲイであることは作品の本質にほとんど関係しないのではないか、とさえ思う。

 

前2作を読んでいなかったら、なぜ作者は主人公の設定をゲイにしたのか頭を悩ませていただろう。

 

この作者にとって、主人公がゲイであることはむしろ自然なことなのであろうが、読者にとってはどうだろうと思う。

 

お父さんがスタジオという自分の小屋で趣味に没頭して、息子である主人公が父の趣味を見ながら色々と思索するという話。特徴的なお母さんや、妹、お父さんの謎の友人である野村&その父、などなかなか個性派揃いの作品である。

 

純文学なので漠然とした設定、漠然とした物語でいいのであるが、読後感が薄っぺらいのである。純文学とは抽象芸術に似た所があり、何か具体的な主張をわかりやすく相手に伝える芸術ではないと思っている。

 

抽象芸術と同様、体験した瞬間に、感性に訴えかける何かが襲ってくるものである。だから、結局何が言いたかったの? などという質問はナンセンスなのであるが、この作品に限ってはその質問が頭の中を回ってしまっている。

 

一応話のバックボーンとしては、父の会社がインターネットの波にもまれて得意先を失いそうなので、得意先の社長にヴィンテージオーディオを献上してご機嫌を取ろう、ということだが、ラストは突然野村さんが失踪して、現れたと思いきやオーディオを奪取して、どこに行ったかと思ったら、そのオーディオが得意先の社長のもとにあるとか、狐につままれたような話なのである。

 

最後の最後だけ夢物語のような構成で、全体のバランスを著しく欠いていると思うのである。

 

インターネットが現れた当初の空気感のようなものが伝わってきて、同世代としては楽しめたのであるが、終わらせ方が如何に純文学とはいえ乱暴過ぎはしないだろうか。

 

しかし、この作者の作品を初めて楽しいと思えた。

 

一点だけいただけない箇所があった。

 

新潮だと42ページ、父親の台詞で、

 

「そう言えばひどい小説があったな。ハードボイルドなんだが、『そのとき男はギアをローからトップに入れた』ってな。カッコつけてるつもりで」

「止まっちゃうよね?」

「もちろん。やったらわかるが、クラッチ操作は最初は難しいぞ。ロー、セカンド、サード、トップと上げる。途中は飛ばせない。そんなことしたらガクッとエンストだよ」

 

 

このハードボイルドのミスは小説指南書などでも取り上げられている。しかし、その間違いを指摘しようとして著者も間違えている。

 

「もちろん。やったらわかるが、クラッチ操作は最初は難しいぞ。ロー、セカンド、サード、トップと上げる。途中は飛ばせない。そんなことしたらガクッとエンストだよ」

 

やったらわかるが、セカンドで5000回転くらいまで引っ張ってトップに入れるなどということは普通に行われる。たとえば、パーキングエリアから本線に合流するときなど、加速しなければならないので、途中を飛ばすことなどはよくある。

 

ハードボイルドの著者も千葉氏もマニュアル車をネタにするが、乗ったことがないのである。たぶん教習所でしか。書籍化の時はこの記述は直した方がいい。そうでないと、これも合わせて小説指南書のネタにされるだろう。

 

トップで発進したことはないが、サードで発進することはある。トップでもゆっくりクラッチを繋げば発進出来ないことはないのではないだろうか? 出来たとしてもすごくゆっくりだと思うけど。