文学・文具・文化 趣味に死す!

小説家 星香典(ほしよしのり)のブログ。小説、映画、ファッション(メンズフォーマル)、政治、人間関係、食い物、酒、文具、ただの趣味をひたすら毎日更新し続けるだけのブログ。 ツイッター https://twitter.com/yoshinori_hoshi  youtubeチャンネル https://www.youtube.com/channel/UC0YrQb9OiXM_MblnSYqRHUw

最近の政治について、思うことをつらつらと脈絡もなく

国家が滅亡する、あるいは、ある活動が崩壊するのは、笛を吹いて人々を踊らせるはずのものが、自らがその笛で踊り始めたときらしい。

欧米も帝国主義から人権主義に舵を切ったのは結構なことなのだが、いろいろと忘れてはいけないことも忘れてしまっているように見える。例えば、シリアをアラウィー派に支配させたのも、イラクスンニ派に支配させたのも、彼らが少数民族だからである。

結果として少数派が虐殺されることは防がれたが、狙いはもちろん不安定にして支配下に置くことが目的だった。アラブの春は欧米的には本質的にウンザリした出来事で、欧米の一般市民が喜ぶのは二重の意味で間違えている。結果はご存じの通り混乱である。

民主主義を始めた連中にしろ、始まったばかりのころの市民にしろ、民主主義マンセーではなかった。しかし、19世紀から20世紀を通して途上国から資源を剥奪して先進国は人類史上かつてない経済発展を遂げた。その時代が民主主義だったので、民主主義は万能であるという錯覚が先進各国に根付いてしまった。

トランプの就任演説はあれ単体でみれば「ああ、内需拡大を目指してんだ」程度で特筆すべきこともないが、オバマ、ブッシュ、クリントン、のと併せて読むと、トランプの就任演説が如何に特異であるかがわかる。

オバマ、ブッシュ、クリントン、ともに曖昧模糊とした、漠然とした言葉でリベラルを称えているだけなのだ。メッセージは自由や尊厳や民主主義は偉大だということ。なぜ、アメリカが共産主義を目の敵にするかと言えば、「善」の民主主義に資本主義のイメージを重ね、「悪」の共産主義と対比するためだ。

近年、民主主義、各種自由(言論、移動、表現、結社等)、各種権利(プライバシー、財産、社会権等)が金科玉条ではなくなっている。トランプはメキシコとの間に壁を作るといっているが、この思想はコスモポリタニズムに反する。国民国家の間で可能な自由は、国民国家を超えて可能であると考えられていたが、近年は逆方向に国民国家の中でもそれが機能しなくなる嫌いがある。

国民国家同様に、近代司法もインチキだと思い知らされたのが、韓国司法が盗品仏像にお墨付きを与えたことだ。近代というある種の理想は、斯くももろく崩れるのか。日本をはじめ先進各国の司法だって決して完璧ではないが、あそこまで露骨ではない。

近代VS前近代の戦いが始まるのと同時に、国民国家VS非国民国家の戦いも起こるだろう。

わたしが「近代国民国家は便宜上作られた幻想だ」、というと、まるで近代国民国家以前には自然状態の社会が存在したみたいに聞こえるが、もちろん、そんなものはない。農村共同体にしろ、狩猟採集社会にしろ、すべては便宜上作られた幻想である。幻想であるからこそ農村共同体も狩猟採集社会も簡単に解体された。

人間は理念理想が先にあるわけではなく、便宜上作ったものを正当化するために理念理想を唱える。これからは、近代国民国家、民主主義にかわる新しい理念理想が生まれてくることだろう。