
日本文学100年の名作第9巻1994-2003 アイロンのある風景 (新潮文庫)
- 作者: 池内紀,松田哲夫,川本三郎
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2015/04/30
- メディア: 文庫
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↑いずれもこれに入っている。
望潮 村田喜代子
簑島という不思議な島の話。この島には10年前、手押し車をエビのように曲がった背中で押す老婆が、うようよとまるで蟹のように道路に現れて、車に轢かれる、という珍事があった。老婆たちは生きていても仕方がないと、車に当たって賠償金をせしめるのである。それも、怪我をする当たり屋ではない。死ぬために当たるのである。
そうして、10年後、その島にいってみると、そこには当たりやの老婆たちは一人もいなかった。島民たちもそんなことは知らないと言う。ただ、一人の老婆が現れて、昔は女手一つで、亭主子ども、舅に姑を食わせるのが海女である、という。そんな誇り高い女が潜れなくなったら、死ぬこともあり得るだろう。荒唐無稽な当たり屋老婆が、急に現実味を帯びてくる。ダイナミックさがある作品である。
学習院文芸部で吉村昭と一緒で、そのまま結婚している。芥川賞を吉村が太宰賞を取る前に受賞している。90歳、ご存命である。吉村と津村を同じ9巻に持ってくるとは、なかなか乙なことをする。
初老の、嫁に行きそびれた女が主人公。その女はツアーの旅行先で70程の老女が目にとまる。彼女は一人で京都まで旅をしているのであろうか。
主人公は自分が父の介護で婚期を逃して不幸だと感じている。せめて、父が死んだあとはゆっくりと旅などをしたい。
70の老女に未来の自分を重ねたのかも知れない。その老女は、お土産屋も寄らず、ずっとバスの中で、誰とも話さずに一人ただツアーを淡々とこなしていた。
最後に主人公は老女に話しかける。老女は実は旅行をしたくてしているのではなかった。嫁が旅行社に申し込むのだという。老女は何回京都に行ったかわからない。旅行社は老女の年格好から勝手に京都の旅程を組むらしい。一人旅などしたくない。もう疲れた。しかし、家にはいられない老女の悲しみが伝わる。