「イタリア人は美しいことを何よりも優先するの。どんなに便利でも、きたないものはだめ。それに、性能のいいものは美しいって信じている」
名台詞である。
この作品は名台詞や哲学的な考察、そういったものがちりばめられている。
とくに、ピエタ像の話し。
ミケランジェロはこのピエタ像を23歳のときに作った。そのあと、死ぬまでに3体のピエタ像を彫ろうとするが、それは全て未完成に終わってしまう。
なぜか。23歳の自分を越えることができなかったからである。
では、この23歳のピエタ像をどのように作ったか。亡き母を思って作ったという。
ミケランジェロは6歳で母を亡くしている。
この作品の主人公も6歳で母が駆け落ちしていなくなる。その母とローマで再会するという話である。
この作品、いろいろ詰め込みすぎている感がある。思い入れがよほど強かったのであろうか。浅田次郎にしては文学的な仕上がりになっている。だが、リーさんはやり過ぎだと思う。作品の雰囲気をぶちこわしている。無条件に善人過ぎて、文学的ではないのだ。そのリーさんに対して友子の意地の悪いことといったら、とても主人公に共感するどころではなくなる。
あと、母に対する複雑な思いはわかるのであるが、ちょっと執念深すぎる気がする。さらに、母のイタリアの子が6歳で死んだり、話が作られすぎている。そもそも、服の上から抱き合って左の乳房がないとか、わかるのだろうか? 何か詰め物をしているのではなかろうか。
↓ピエタはこれに収録されている。