ネタバレ注意
家譜を編纂するに従い、お家の秘密と、戸田(家譜編纂係)が陥れられたからくりがわかるというミステリー仕立て。
戸田はほぼ嵌められたようなものだが本物の武士なので、潔く腹を切る。最後まで武士を貫くという天晴れな話。おそらく戸田にもいろいろ思うところはあったのだろう。たとえば、本当はお由が好きだったとか。しかし、そういう未練を一切断ち切って、お役目に没頭するのである。
葉室氏は「人生に、文学を」の中で、儒教精神と日本人の道徳観は異なる、と述べている。たしかに、この作品を読むと、儒教の倫理と戸田の倫理は異なっているように感じる。
儒教的な倫理とは、目的合理性というか、何々のための倫理、であるが、戸田の倫理はまさに武士道であり、目的や合理性を超越した「道」なのである。
こういう武士道的精神は無目的的なものであるから、端から見て、彼が何のために何に忠義を尽くしているのかよくわからない。理解不能な行動なので、ある人から見れば立派であるが、ある人から見ると「なんていらぬことをしてくれているのだ」と思われるはずだ。
そんな不思議な武士が煙のように立ち登る。読者もこの煙に飲み込まれて、武士道の一端に触れたような気になれる、かもしれない作品。