喰わないことが健康に良いと言い切ることは難しいが、食い過ぎは体に悪いと言い切ることが出来る。
諸賢も聞いたことがあると思う。曰く
「血糖値を上げるホルモンはいくつもあるが、血糖値を下げるホルモンはインスリンだけだ。なんとなれば、人類史は飢えとの戦いであったからである」
「人類は飢えに耐えられるように進化してきた。しかし、ここ50年飽食が蔓延し、その栄養過多に人体が悲鳴を上げている」
というような話を聞いたことあるだろう。
わたしもずっとそう思っていた。だが、自分がほぼほぼ1日二食で、まったく喰わなくても平気な日があり、上記の説に疑問を持つようになったのである。
文献を調べると、だいたい1日2食が多く、江戸時代から3食、などという資料もある。
だがまてよ? 人類の歴史は500万年前である。ホモサピエンスに限っても30万年前である。
人類は30年前から本当に1日2食だったのだろうか? 違うと思う。おそらく、他の動物と同じく、食べ物がある日と、何日も食べない日と、別れており、1日X食という決まった回数などなかったはずである。
さて、ではそれを「飢えとの戦い」と表現することは正しいだろうか? これは毎日ほぼ決まった時間に一定の量の食事をすることが常態化した現代人類の視点に過ぎないのでは内だろうか?
たしかに、獲物が獲れない、適当な植物が見当たらない場合、何日も食べないことがあるかも知れない。腹が減るかも知れない。しかし、それは飢えとの戦いと呼ぶべきものなのだろうか? わたしは違うと思う。それは彼らの日常なのだ。
もし遠い将来に人類が死を克服して永遠の命を手に入れたとしたら、彼らは過去の我々を観て「不幸なことに過去の人間は死を恐れるあまり、死後の世界などを妄想して墓や宗教にすがっていた。彼らは死を恐れ、対峙し、戦い、そして負けつづけた」などと評したら、それは違うのではないだろうか。
つまり、我々にとって死とはそこにあるものであり、戦うものではない。過去の人類にしても、飢えとはただそこにあるものに過ぎず、戦うものではないはずであり、特段意識するものではない。
たまに、食事を取らないと狼狽し始める人がいるが、人間1日2日喰わなくてもなんてことはない。ただ、生まれたときから義務のように毎日決まった時間に決まった量を食べているので、その習慣に背くことに恐れているだけである。