文学・文具・文化 趣味に死す!

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今週のお題「私のタラレバ」

今週のお題「私のタラレバ」

 

やばい、あと七分で今日が終わる。毎日更新を一応目指している。だってアクセス数が(☆。☆)

 

ということで、手っ取り早くお題をやる。

 

タラレバなんて無数にある。特に株や為替をやってると、ほぼ毎日がタラレバである。いや、ほぼ一時間おきにタラレバである。

 

東芝さえ買わなければ……!

あのとき、東芝を売っていれば……!

 

また今日も東芝は下がりました(T_T)

 

わたしは高校なんぞどこでも良かったので親が選んだ高校に入った。

親は大層その高校が気に入っていて、「あんたはあそこに入ったから今があるのよ」と年中言う。

ちなみに、わたしは高校が死ぬほど嫌いで、「ばっきゃろー、あんなとこ入らなければ今頃大統領だぜ」と年中言い返している。

所詮タラレバである。分かっていても、いろいろ悔しいのが人間である。

日間平均アクセス100はどうにかクリアーした

 

お恥ずかしい話、数年前、このブログで日間平均アクセス300をめざせ、その橋頭堡として日間アクセス100を目指そう、などと世迷い言を投稿したことがある。

内容のくだらなさは今も同じであるが、当時は大して更新もせずにいたので、平均アクセス50くらいに落ち込んでしまっていた。

そして、日間アクセス300はおろか、100も不可能だな、と思って、アクセス数など気にするのをやめていた。

別に、アクセス数を伸ばすためとか、そんなことは考えもせず、このかったるい人生において最近の息抜きはブログくらいしかないので、ほぼ毎日更新していたせいか、うれしいことに平均アクセス100を超えるようになっていた。

アクセス数は気にしない、と強がったところで、やっぱり、アクセス数が伸びるのはうれしいことに違いなく、今ここで自慢しているわけである。こうなると、300いったらうれしいだろうな、などと欲望風船は際限もなく膨らんでいくのである。

300のつぎは500、いや1000か。と膨らむ膨らむ。困ったものである。しかし、ほんと、読者の皆様には感謝である。読んでくれるみんなのおかげで、わたしは愚痴れるのである。          

君の名は。を観た

映画を観て面白ければ元が取れた、とか、つまらなければ、金返せ、とか言うことがある。我々はついついコストパフォーマンスなどという低級な物差しを、芸術においてまで導入しがちである。本当にすばらしい作品とは金銭の多寡ではないということを、この映画はわからせてくれる。一般1800円である。幸い庶民にも手が届く金額である。観るべし。

いい映画は映画館で観た方がいい。DVDでも同じものを観られるではないか、というご意見もあるが、映画館の良いところは画面の大きさばかりではなく、集中して観ることが出来るところにある。家で観ていると、トイレに行きたくなったり、コーヒーが飲みたくなったり、子供が騒いだり、どうしても邪魔が入る。

以下ネタバレ注意

君の名は。のどこが面白いか。この作品には物語の面白い要素が限りなく詰め込んである。とくに、「男と女が入れ替わる」「リプレイ」の組み合わせは見事である。前半は単に男と女の入れ替わりによる喜劇であるが、ある日突然連絡が取れなくなる。そこで、男の方が調べてみると、女は3年前に町ごと吹き飛ぶ大災害で死んだということが発覚する。

伏線の引き方も見事。死んだ女は巫女という設定で、代々憑依する現象が起こる。クチカミ酒、組紐は時間時空のメタファーになっている。そして、仕上げは「夢」なのではっきり覚えていないという設定。あれが、完全に記憶に残っているという設定ではこの物語は成立しない。我々の夢を見るという特性を上手く活かしている。

どことなく、ひぐらしの鳴く頃にと似た印象を受けたが、君の名は。の特徴は恋愛がフィーチャーされているところだと思う。

この映画を観て「大恋愛をしたい」と言い出した友人が二人いる。わたしの友人なので学生ではない。いい歳をしたおっさんである。

先週のお題、恋バナで、恋愛の最良の調味料は障害であると書いた。では、最大の障害はなんだろうか。死である。この作品を一言で表現するなら、「恋人の死を救う話」である。

しかし、それだけが大の大人を夢中にさせる要因だろうか? わたしはさらに、非現実性と閉鎖性とがこの恋愛の魅力を高めているのではないかと考える。

非現実性は説明するまでもなく、現実には体が入れ替わることなどないし、ましてや体の入れ替わった恋人に隕石が降ってくることもない。この全く誰も手に入れることの出来ないシチュエーションは、不倫くらいしか恋愛をすることもない大人にとって甘美に響く。

そして、閉鎖性。ふたりは体を共有し、情報も感情も共有する。二人だけの世界ができあがり、体を共有しているせいか、これはもはや一人の世界にすら見えてくる。恋愛は通常二人の問題であり、恋愛物は男女どちらかの立場から描かれ、読者や観客はどちらかの立場から感情の共有を図るが、本作は二人の問題ではなく、一つの問題に対する共通の問題で、恋愛のための恋愛ではなく、必然による恋愛というところが、多くの共感を呼んでいるのではなかろうか。

映画を観て三日ほど経つが、まだこの映画に夢中である。

 

 

 

 

 

 

君の名は。(通常盤)

君の名は。(通常盤)