Yoshinori Hoshi Official blog

小説家 星香典(ほしよしのり)のブログです。映画、ファッション(メンズフォーマル)、政治、人間関係など、思うところをほぼ毎日更新! 現在35日チャレンジ中! 火曜 文具  水曜 食い物  木曜 小説  金曜 映像 土曜 お題  日曜 政治社会  月曜 ダンディズムで更新!

ブラックウォッチタータンは着やすいし無難。

タータンチェックユニクロなどに行けば無数の組み合わせがあるが、本来はちゃんと由来があってその柄になっている。

大人のおっさんというとだいたい国民服がごとくチェックを着ていて、タータンチェックはその中でもかなりの割合を占める。

おっさん=チェックはわたしは問題ないと思う。たまに、チェックは避けよう、みたいなファッション理念も見かけるが、チェックを避ける必要などどこにもないと思う。おっさんがおっさん達に混ざってチェックを着る。お洒落のこつはunderstatementである、と赤峰先生も仰っている。目立たないこと。大切である。ただ、チェックは難しい。なぜ難しいか。色が多いからである。4色以上使うとコーディネートは困難になる。

また、見て格好いいのと、着て格好いいのは違う。

例えば、このコーディネート。

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非常に無難だとは思わないだろうか。

べつに悪いとは全然思わないが、正直これを着ていると目立つ気がしてならない。自意識過剰と言われるかもしれないが、落ち着かないのだ。

たぶん、若者やモデルが着れば相当格好いい(モデルが着ればなんでも格好いい)。しかし、老け顔で頭がでかい胴長短足のおっさんが着ると、悪目立ちしそうだ。

そこで、わたしが最近気に入っているのがブラックウォッチタータンである。

 

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どうであろうか。目立つところが一つもないと思うのであるが。

シックである。おっさんに相応しい。

 

同じことがチノパンにも言えると思う。

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チェックが今一つしっくりこないとおもうおっさんは、ぜひブラックウォッチタータンを試してみて欲しい。

 

 

 

 

 

農口尚彦研究所 山廃純米 を飲んだ。

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前から一度飲みたいと思っていた酒だ。この酒は要冷蔵である。しかし、常温からぬる燗で飲めと書いてある。

ならば、冷蔵庫から出して、一時間くらい待って…………って待てるわけないだろ!

と冷酒で飲んだ。これが、苦いだけで全然美味くない。

なんて苦い酒だ。

と思いつつ、何杯か飲んでいるうちに、常温に近づいてきた。

常温で飲むとあら不思議。さっきの苦さがほどよい苦さとなり、それが上品な甘さに包まれて、得も言われぬ美味さなのである。

農口尚彦、噂に違わぬ酒であった。

ただ、要冷蔵なのに常温推しだから、出してサッと飲むわけに行かないのがつらい。

 

 

農口研究所 山廃純米 無濾過生原酒 720ml

農口研究所 山廃純米 無濾過生原酒 720ml

 

 

月曜ダンディズム 靴の裏の手入れを怠ると

さて、これで、今回の35日チャレンジも終了である。終わってみるとあっという間だ。やはり、テーマを絞られているというのは書きやすい。が、書きたいネタを書けないところが隔靴掻痒でもある。

 

という訳で、最後のダンディズム。

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マレリーの底をひっくり返してみたら、なんと革が割れてしまっていた。ショック。

チャールズ皇太子の靴もひび割れがすごいが、手入れをしないと革はこうなるという見本。

他の靴も、ここまでではないが罅が入りそうだったりしていた。とくに、ここ数日の雨で革の油分が失われてしまっていたのかもしれない。

ということで、靴裏手入れ。

 

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世の中にはこういう便利なものがある。ソール専用である。もともと、ラバーソールのために買ったのだが、ラバーソール以外でも、一部革で出来ているソールにも使える。今回もこれを使ってマレリーを治した。

やはり数ヶ月に一度は底も塗ってやらないと駄目なようだ。

 

 

日曜 政治経済 ネット規制について

<海賊版誘導>「リーチサイト」規制へ 運営者らに罰則(毎日新聞) - Yahoo!ニュース

 

15年前、ネットはいまより遙に自由だったし、ネットにはネットの世界があった。

それこそ、P2Pなどもたくさんあったし、そこでは手に入らないものなどなかった。まさに、万能であって、であったからこそ、いずれ規制されるだろうと思っていたら、案の定、どんどん規制されていった。

今度はリーチサイトを規制するという。普通に考えると、リーチサイトが規制されるなら、リーチサイトにリーチするサイトを作ればいいと思う。

だが、それだとざる法きわまりないので、おそらく、リーチサイトにリーチするサイトも規制の対象となるだろう。ならば、リーチサイトにリーチしているサイトにリーチしている場合は? つまり、芋ずる式にリンクを辿っていけば、何気なく張ったリンクがリーチサイトにつながっている可能性があるはずだ。

さらに、ブロッキングも導入するという。なにが適切で、なにが不適切か、それを権力が決めれば、権力にとって気に入らないサイトが不適切になるのは当たり前で、見られなくしてしまえば、それが不適切かどうかなどは確認のしようがない。

秘密保護法のときに言われていた、「なにが秘密? それは秘密!」という世界に、おそらくネットも取り込まれてしまう。

そうなったら、また新しいなにかが出てくるのだろうが、しばらくは、こういう自由が抑制された時代が続くのかもしれない。いまはまだいい時代である。

今週のお題「最近おいしかったもの」 カボチャとニンニク

今週のお題「最近おいしかったもの」

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某団体の会報誌に載っていたレシピ。

カボチャを素揚げして、バターで炒めたニンニクと絡めて塩胡椒。

非常に簡単である。

ニンニクがぱりっとして、カボチャの柔らかさの中、しっかりとした歯ごたえを出す。また、カボチャとバターは相性最高。簡単で美味い、いいレシピだ。

ああいう会報誌などに載っているレシピは、面倒臭いと作る気が起きない。いかに、単純で、ハッと思わせ、かつ美味いものを載せるか、料理人の腕の見せ所だろう。

 

カボチャの原産はアメリカ大陸らしいが、ポルトガル人がカンボジアから持ってきて、カンボジアがなまってカボチャになったらしい。

 

旬は今である。収穫は夏。それを三ヶ月ほど寝かせるのが甘みが出てベストだとか。

 

 

 

金曜映像 複製された男

 

複製された男 (字幕版)

複製された男 (字幕版)

 

 

SFかと思いきや全然違った。ノーベル文学賞作家の作品らしい。大学教授があるひ、映画に自分そっくりな男が出ているのを発見する、ところから映画は始まる。

ぶっちゃけ、ワケワカメ、である。ただ、惹きつける作品だし、後から解説を読んで、なるほどなぁと思った。

 

ネタバレ

 

種明かしをすると、自分そっくりな男は自分自身であった。もう一人の自分が見えているのは妄想だった、というオチらしい。そうだとすると、俳優の妻の反応なども非常にわかりやすい。

男に会ったときも、驚くと言うより、残念、という感じだ。

男は彼女が寝取られるから、寝取り返してやろう、などと企むが、両方とも自分なので上手くいかない。

ただ、そこまで、明確に描かれているわけではない。例えば、指輪のあとなどをどのように説明するか、あの事故をどのように説明するか。最後の蜘蛛はいったい何だ、これらに合理的な説明は加えられない。しかし、芸術作品というものはそれでいいのかもしれない。よく分からない、だから面白い、この作品はその系統である。

 

 

複製された男 (ポルトガル文学叢書)

複製された男 (ポルトガル文学叢書)

 

 

 

 

木曜小説 ノーベル文学賞を読む ガルシア=マルケスからカズオ・イシグロまで

 

 

図書館でふと手にとって一気に読み終えてしまった。

非常に興味深い。

本書では主に辺境の土地のノーベル文学賞を語っている。

例えば百年の孤独ではマジックリアリズムについて、

大江健三郎では、悩む自分について、

いわゆる、文学のテーマを分析して、どのようなテーマをどのような手法を用いて書いているのか、説明を加える。

これを読んでいると、どの作品も非常に魅力的に見えてきて読みたくなってしまうから不思議である。しかし、ノーベル文学賞は基本的に難しい。サクッと読める作家はなかなかノーベル文学賞にはならない。

というのも、文学の一つの難しい点として、わかりやすいものは普遍性を持たない、という法則というか、因果関係があるのである。つまり、わかりやすいものというのは、だれが読んでも一様に捉えることが出来るわけで、そうなると、深みは当然浅くなる。浅い文学が面白くないというのはわかりやすい話で、どうしても、難解な作品こそがノーベル文学賞に相応しくなる。

だから、村上春樹がとれないのも簡単な話で、わかりやすすぎるから駄目なのだ。

その意味では浅田次郎ノーベル文学賞からは遠い作家のような気がする。

いま普通に読まれていてノーベル文学賞がとれそうな日本の作家は多和田葉子だとわたしは睨んでいるが、どうだろうか。

 

 

百年の孤独 (Obra de Garc´ia M´arquez)

百年の孤独 (Obra de Garc´ia M´arquez)