ネタバレ有り!!
話の筋はどちらも同じである。老婆が老人施設へ向かうためにタクシーを雇って、住み慣れた町に自分の生い立ちを重ねて、運転手へ語る。
東京タクシーの方はわたし自身東京出身で、年中目にしているところなので、よくわかった。ただ、渋谷の景色の次が秋葉原だったりと ? と思う箇所もあったが。葛飾から葉山に行く話しだ。途中横浜に寄ったりと、関東人なら移動の時間の感覚が分かってより楽しめるのではないか。
逆にパリタクシーの方は地理の理解が皆無なので、「パリの反対側」とか言われてもどのくらい遠いいのかすら分からない。
東京タクシーの監督は山田洋次だ。山田洋次は1931年生まれである。まさに、この作品は山田洋次でなければ描けなかっただろう。当時の空気がひしひしと伝わってくる。
一方パリタクシーの監督はクリスチャン・カリオンで1963年生まれである。
東京タクシーの方が、運転手の生活が詳細に描かれている。まさに山田洋次的である。パリタクシーの方は運転手の台詞の断片から想像するしかない。
ちなみに、特段驚くような展開はなく、老婆が人生を回想しながら目的地に到着するだけの話だ。
あらすじには「そしてそのドライブは、いつしか2人の人生を大きく動かしていく。」とあるが、そんな描写は見当たらなかった。
さて、老婆を送り届けて、老婆はタクシーでの旅を振り返って、とても喜んで、タクシー運転手に大金を残す。パリ版は101万ユーロ(約1億8千万円) 東京版は1億円。これに感動すべきなのか? 迂闊に感動すると資本主義社会に毒されているような気がして嫌だ。本来は正規運賃のみの支払で感動するべきなのだ。だが、今の世の中「金金金」なのでそれでは感動出来ないし、映画として収まりが悪い。仕方ない。
一番気になったのがなぜパリ版だと101万ユーロなのだろうか? 東京版はなぜ1億百万にしなかったのだろうか。101はエンゼルナンバーだとか、言われている。しかし、調べたが分からなかった。
東京とパリで違うところは、運転手が妻を愛しているかだ。パリのほうはもう遠慮無く「妻を愛している」と言い放つが、東京の方は言いよどむ。日本のリアルを付いている。日本の夫婦で妻を手放しで愛しているなどという旦那は皆無である。むしろ、大半の旦那は妻など愛していない。日本では妻より子供である。妻も旦那より子供である。
あと、老婆は若いときにDV夫のアソコを破壊して積みに服する分けだが、東京では熱した油をかける。パリはなんとバーナーで焼く。当時のパリにはバーナーが簡単に入手出来たのであろうか。少なくとも日本にはなかっただろう。
ふと思ったのだが、睡眠薬で眠らせるならば、煙草の不始末ということで、部屋ごと丸ごと焼けば女は捕まらなかったのではなかろうか。いくらDV夫とはいえポアしてしまっては観客の共感を得られないか。
もう一つ気になったのがパリタクシーの運転手シャルルの年齢が46歳という設定であるが、どう見ても50代後半から60代前半にしか見えない。フランス人的にはあれで46歳なのだろうか。
とにかく、この2本の映画は名画である。強くお薦めである。

