文学・文具・文化 趣味に死す!

小説家 星香典(ほしよしのり)のブログ。小説、映画、ファッション(メンズフォーマル)、政治、人間関係、食い物、酒、文具、ただの趣味をひたすら毎日更新し続けるだけのブログ。 ツイッター https://twitter.com/yoshinori_hoshi  youtubeチャンネル https://www.youtube.com/channel/UC0YrQb9OiXM_MblnSYqRHUw

アフターワクチン 第17回 その7

 

 よく聞いてくれた、と言わんばかりに、
「高田さんなら予想はついていると思いますが。2026年に消えたのはステファニーではないんです。もちろん、肉体が消えたのはステファニーです」
「なるほど。意識を無線のように飛ばす研究をした甲斐があったというわけですね」
「悔しいがミスター・高田。わたしはあなたほど優秀ではなく、意識を過去に飛ばすことは出来なかった。しかし、同時代の自分に飛ばすことには成功した。正直に申し上げましょう。あの時わたしは死を覚悟して薬を飲みました。幸い賭には勝ったというわけです」
 さあ、もう十分でしょう。そんな顔をしてガルシアは後ろの二人を振り返った。二人のボディガードは懐から銃を抜いた。銃口をこちらに向けた。なんらためらいなく引き金を引くはずだったが、ガルシアが話はじめ、その動作が止まった。
「すでにワクチンの副反応のおかげで二十五億人が減りました。地球は劇的な回復を見せています。残りの四十五億人が減ることにより地球と人類は救われます。あなたたちにその邪魔をさせるわけにはいきません」
 ガルシアがふと視線を落とした時、銃声が激しく鳴った。一発ではなく何発も複数のところから。狭い室内が甲高い爆発音で満ちる。銃声が止み部屋に静寂が戻る。硝煙の匂いが漂う。僕の尖った意識が平常に戻る。撃たれた、と思って体に感覚を集中するが痛みがない。辺りを見まわす。倒れているのは二人のボディガードだった。胸や頭に銃弾を喰らい血を吹いていた。
 ガルシアは一瞬何が起こったのか分からないかのような戸惑いを見せた。が、カッと目を見開くと手にしていた小瓶を高く振りかぶる。再び木霊する銃声に彼の行動は阻まれる。小瓶を振りかぶったまま膝から崩れる。抑える太ももからは止めどなく血が流れていた。
 部屋の隅から男と女、一人ずつ人影が現れた。
「十年前のやつらだ。十年たって鈍ったんじゃないか? 何回こいつらに殺されたことか。お前もこいつらに殺されたことがあるんだぜ」
 高橋さんはそう言うと、もう一発ずつ死体の顔に銃弾を撃ち込んだ。。
「どうりで憎たらしいと思った」
 小柄な体に似合わぬ大口径の銃を構えるのは高橋由奈だった。
 何が起きているのか混乱している僕とは違い、高田はガルシアが落とした小瓶を拾い上げると由奈に渡す。
 ガルシアは倒れたまま、目だをぎょろりと動かし、
「ミスター・高田。これがあなたの答えですか。あなたの策略だったのですね。しかしなぜ、わざわざこのような危険を冒すのです。その薬を秘匿して飲めばそれで済むはずなのに、わたしをおびき寄せた」
「それはね」と高橋由奈は高田から小瓶を受け取りながら、「あなたの話を聞くため。あなたがなにをしたかったのか、達也さんや高田さんをどうするのか、それを確かめるため」
 倒れた老人に向けて言葉を紡ぐ彼女は、僕が知っている彼女ではなかった。裕二と心中を試みた陰鬱で臆病な女ではなく、試合に挑むアスリートのような気を放っていた。
 高橋さんはそんな由奈に、
「じゃあな由奈。未来を、おまえに託す」
「なにそれ。格好良すぎる」
「おまえが昔おれたちに言ったんだぜ」
 この二人はどういう関係なのだろうか。
「緊張しちゃうよね。人類の運命を背負ってるなんて。でも、これで何も起きなかったら笑っちゃうよね。間抜けすぎ」
 などとにこにこしながらスクリューキャップを開け、高橋由奈は瓶の中身を一気に飲み干した。

 

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今日も朝活だ! 夜も書けるといいな……。