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小説家 星香典(ほしよしのり)のブログ。小説、映画、ファッション(メンズフォーマル)、政治、人間関係、食い物、酒、文具、ただの趣味をひたすら毎日更新し続けるだけのブログ。 ツイッター https://twitter.com/yoshinori_hoshi  youtubeチャンネル https://www.youtube.com/channel/UC0YrQb9OiXM_MblnSYqRHUw

アフターワクチン 第13回 その5

 

 六時ぴったりに、高田は来た。髪が肩に届くほど伸びていた。ただ、五年前と顔つきはほとんど変わっていない。少しやせたくらいだろうか。
「これ、土産」
 渡されたのはワインだった。三本揃った。今日はとことん酔えそうだった。
「高田君、久しぶり、上がって上がって」
 理恵が満面の笑みで促す。僕と理恵と高田は同じ高校に通っていて、理恵は最初、僕ではなく高田のことが好きだったんだ。
 五年ぶりだというのに、そんな歳月の隔たりはまったく感じなかった。僕たちは親友だった。高田は五年前ワクチン接種義務違反で逮捕され、すんでのところで強制接種を免れた。しかし、世間の批判から逃れることは出来ず、身を隠した。
 おかしな話だ。確かに、高田は法を破ってワクチンを接種しなかった。しかし、そのワクチンは人類淘汰のための道具だった。それが明るみに出た後でさえ、人々はワクチンを接種しなかった高田たちを責めた。悔しい気持ちは分かるが、怒りを向ける矛先が違っている。
「サーロインとフィレ、どっちがいい?」
「じゃ、フィレで」
「健康志向だな。おまえ、あと寿命は?」
「おれはワクチン打ってないから、寿命を計るとエラーになる」
「それは羨ましい」
「だから、明日死ぬかも知れないし、五十年くらい先かも知れない」
 五十年。もはや僕たちには想像出来ない年月だ。まるで使い切ることが出来ない膨大な資産のようなもの。
「僕はあと九日」
「わたしはあと一千二百九十五日」
 理恵は僕たちの会話を聞いていたらしい。台所から参加した。
「本当は、この世には分からないほうがいいことが山のようにあるのに、おれたち科学者はそれらを明らかにしてしまっている。科学者はみんなマッドサイエンティストなんだよ」
 僕たちはステーキを食べながら、ワインを飲んで、どうして高田がワクチンを打たなかったか、などの話しを聞いた。
 高田の告白は衝撃的だった。でも、なぜか僕はその話を冷静に聞くことが出来た。
「おれが打たなかった一番の理由は、ガルシアの警告だ」
「え、嘘っ!?」
 理恵は言葉を詰まらせる。
 ステファニー・ガルシアの名前を知らないものはいない。NID(国立感染研究所)所長、合衆国大統領首席医療顧問。世界中にワクチンを広めた人間の筆頭である。さらに、危険性が分かっていたにもかかわらず広めたことが発覚。
「そのガルシアじゃないよ。兄のアンソニー・ガルシアの方だ。アンソニーは脳機能学者で、留学中の教授だった」
 高田が留学から帰ってきたとき、その話は聞いたことがあった。当時はまだワクチンの副反応が公表されておらず、ガルシアはワクチンを世界に普及させた功績を讃えられていた。その兄から教わっていると高田は嬉しそうに話していた。
「ガルシアは高田君になんて警告したの?」
「まだ接種が開始された五月の頭くらいだったかな。理由は言わなかった。ただ、ひと言、絶対に打つな、って。二回、いや、三回繰り返してた。ネバー、ネバー、ネバー、って。今でも耳に残ってる。だから、おれなりに色々調べたんだ。もし、ガルシアの言葉がなかったら、忙しい毎日だ、何も考えずに打ってただろうな」
 理恵は絶句していた。
 確かに驚くべき話ではあるのに、僕はまたデジャブに襲われる。まるで、前にもこの話を高田から聞いたような錯覚。
「高田はさ、脳機能学やってたから詳しいと思うんだけど、最近よくデジャブに襲われるんだ」
「既視感か?」
「そう。やっぱり記憶のエラーみたいなものかな」
「いや、違う。前世の記憶が残ってるんだ」
 と高田は科学者らしからぬことを言った。

 

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いま1984を聞いている。著作権が切れていてネットで読める。最初読んでいたが、面倒くさくなって、テキスト読み上げで聞いている。聞いている間に墨を磨っている。