あなたたちは社会の一員であり、社会からあらゆる恩恵を受けているのだから、社会に対する責任を負わなければならない。より大きな社会的利益のために、自己の判断という個人的な権利を放棄しなければならない時が今やって来た。
合衆国大統領首席医療顧問 ステファニー・ガルシア
アフターワクチン 第13回 その1
僕は怖い夢を見たような気がして飛び起きた。いつものベッドの上だった。なにも変わらない、昨日までと同じ部屋。常夜灯がぽつりと天井で淡い光を放つ。隣では理恵が安らかな寝息を立てていた。僕は唐突に妻を抱きしめた。妻の呼吸以外の音はない。静まりかえった深夜。僕はベッドから抜け出して、一杯の水を飲んだ。
「どうしたの?」
ベッドに戻ると、妻が身を起こしていた。
「いや、どうもしない。嫌な夢を見ただけ」
「どんな?」
あまり話すことに気が進まなかったが、
「弟がさ、車に轢かれちゃうんだ」
「ごめん、そういう夢だと思わなかったから」
「理恵が謝ることじゃないよ」
なにかがおかしい。弟は交通事故で死んだ?
「なぁ理恵。裕二は交通事故で死んだんだよな?」
「え、そうだよ」
理恵が不安そうな表情を浮かべる。
「ごめん、そうだよな。なに言ってんだろう僕は」
弟の裕二は交通事故で死んだ。僕たちの結婚式の当日、式場へ向かう途中の交差点でトラックに轢かれた。即死だった。
「だったらどうして、僕たちはワクチンを打ったんだろう?」
自分でもなにを言っているのか分からない。
「どうしてって、普通に打ったよ」
「どこで?」
「区の病院で、予約して、一緒に打ったでしょ? 大丈夫?」
妻の目には怯えのようなものが浮かんでいた。
「だよな。ごめん。そうだよ。理恵の言うとおり」
ちゃんと思い出せば、僕の記憶も妻の言ったとおりだった。僕たちは、もう一度眠った。
朝、妻を起こさないように起きる。僕は顔を洗って、歯を磨き、髭を剃り、髪をとかして、シャツを着て、スラックスをはく。少し肌寒いのでジャケットも羽織った。朝飯を食うべきか、喰わざるべきか、そんな悩みを抱えていると、妻が起きてきた。
「おはよう。あれ? 会社とか、呼び出された?」
「おはよう。いや、呼ばれてないよ」
僕は先週退職した。引き継ぎなども全て終わっている。今日会社に行く予定はない。なぜ、僕はこんな格好をしているのだろうか。僕はトーストを焼いて、朝ご飯を食べた。
理恵は朝食をとる暇もなくバタバタと忙しそうに身支度を調える。
午前八時半を回った頃。
「じゃ、行ってくるね」
理恵は出かけた。
誰もいない部屋で、僕はなにもすることがない。モバイルに表示された僕の余命は、昨日から一日減って、残り十九日になっていた。
背広を脱いでジーパンとパーカーに着替えた。
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