日本文学100年の名作第8巻1984-1993 薄情くじら (新潮文庫)
- 作者: 池内紀,松田哲夫,川本三郎
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2015/03/28
- メディア: 文庫
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両方ともこれに収録。
すごく面白い作品であるのだが、わたしは最後のネタが予想できてしまった。やっぱりねぇ、となったが、それでも充分に楽しめる。ジャーナリストがテープ起こしをする文体や、報告書、などの文体を交えての小品。いろいろ参考になると思う。
中島らものエッセーはなんどか読んだことがあったが、小説は初体験。上手い。
鮨
お土産に鮨の折り詰めをもらったのであるが、会食の予定が会って、食うわけにも行かず、このままだと捨てる羽目になる。しかし、食べ物を、相手の心づくしのお土産を、捨てるのは忍びない。さて、いかがしたものかと帰りの列車の中で煩悶する話。
この一文にその逡巡がよく現れているのではなかろうか。
「窓外が暮れて来た。列車は南へ南へと走っている。月は出ていないらしく、森も畑も人家も、やがて皆宵闇に包まれて、窓ガラスが鏡になった。そこへ映る自分の背広ネクタイ姿と向き合って、彼はとつおいつ、残りの鮨を如何にすべきかを考えつづけた。」
結局、上野駅を通るので、上野の乞食にくれてやろう、と思い至るのであるが、さて、どのような態度でくれてやるべきか。
さげすみの心があってはならぬ。もし、相手が怒り出したらどうしようか。これも色々煩悶する。そして、清水の舞台よろしく、手近な乞食に「よかったら食べてくれ」と渡すと、そこには予想外な回答が……。
びっくりするくらい面白い作品であった。いろいろ手が込んでいて、実はこの折り詰め、相手の気持ちに悪いからと、一つだけ食べてしまうのだ。ただ、一つ食べたことによって、本当だったら車掌にでも上げようとしたところ、上げられなくなる。車掌に上げられないものを乞食にあげるというのは、乞食に対して侮蔑の気持ちを自分は持っているのではないか、などなど、人間の心理を浮き彫りに描く。