文学・文具・文化 趣味に死す!

小説家 星香典(ほしよしのり)のブログ。小説、映画、ファッション(メンズフォーマル)、政治、人間関係、食い物、酒、文具、ただの趣味をひたすら毎日更新し続けるだけのブログ。 

コロナ終息のシナリオ 最悪はもちろん人類滅亡 松竹梅

昨日の漏れ。

昨日、文化人で反自粛派は橋下とホリエモンくらいしかいない、と書いたが、ウーマン村本を忘れていた。ウーマン氏は橋下氏よりもさらにラディカルで、要約すると、「死んだって良いじゃん。ウイルスにビクついて生きるより楽しく生きて死んだ方がいい」というメッセージ。

 

この論法もある意味正しいが、わたしを含めホリエモンや橋下氏と違うのは、わたしはあくまでもコロナウイルスが以前より存在し、放っておいたところで大した悪さをするわけではないので反自粛、反閉鎖を唱えているのである。もしコロナがペストのようなウイルスであったなら、わたしだって自粛、閉鎖を躊躇うことはないだろう。

 

 

さて本題。

 

 

今回のコロナ騒動で重要な点はこれがアウトオブコントロールか、それともアンダーコントロールか、という点だと思う。

 

中国しかアビガンを使わないところを見ると、ある程度の混乱を志向しているのではないかと勘ぐりたくもなる。

 

さてさて、終息のシナリオは何種類かある。

 

まずは一番いい松。

民主国家の政治家は選挙があるので手柄が必要である。手柄を立てるためには事件の存在が不可欠である。

今回の東京封鎖。昨日まで徐々に感染者数を増やしていき、ここで都市封鎖をする。そして、今日明日と少ない感染者数を報告し、「脅威に打ち勝った! わたしの決断のおかげ!」と喧伝する。あとは世界の終息に合わせて感染者数をコントロールしてソフトランディング、というアンダーコントロール説である。

 

ほとんどが同じ病院とは言え、今日60人以上数えてしまって大丈夫だろうか?

 

緊急事態宣言をするためには一日100人以上をしばらく続ける必要があるかもしれない。

 

要約すると、盛り上げてから、落ち着かせる、ということ。

 

 

次は竹。半分アンダーコントロール説。

コロナを普通の風邪に戻す。報道でもあるとおり、イタリアではコロナの症状は昨秋から報告されている。アメリカの1万2000人以上死んだインフルエンザも実はコロナだと言われている。

 

日本は今もやっているとおり普通の肺炎で片付ける。2018年のデータでは肺炎で94,654人が亡くなっている。日本も肺炎で亡くなる方の検査を行えば、イタリアと同じくらいコロナで死んでいるのではなかろうか。しかし、それは今年始まったことではなく、昔からのことである。気にすることはないのである。

 

つまり、気にしない、ということである。放っておくということである。アメリカは12000人インフルで死んでても素知らぬ顔で放っておいたのに、なにを今更騒いでいる感がある。

 

今回のコロナウイルスが人工的かどうかはしらないが、この混乱は人工的な産物に思えてならない。コロナはアウトオブコントロール。混乱はアンダーコントロールにする。

 

 

最悪は梅である。完全アウトオブコントロール説。

わたしはこの確率は相当低いと思うがあり得ないことでもないとおもっている。世界中の人間がコロナで死滅する。人類の終焉である。人類滅亡は意外にあっけないかも知れない。わたしたちは最後の人類と言うことである。今からでも遅くない。生きた証を石にでも刻んでおいた方が良いかもしれない。

 

 

 

ま、アビガンがあるのでアビガンを使えば大丈夫なのであるが、日本はいかんせん重篤者のサンプルが少なすぎて実験にならない。

 

 

 アマゾンで石版が売っていた。イタリア産だからそのへんは自己責任で。