わたしが読んだ装丁はこれ。
この写真だと普通の黄色だが、実際は相当な蛍光イエローである。
わたしは普段カバーもかけることなく、装丁のまま読んでいるが、この蛍光イエローのカバーだけはちょっと恥ずかしかったので外した。なんかいかにもイカニモな書物をドクショしてます、という感じで嫌だった。
梶井基次郎の檸檬は名作であり古典としての評価も定まったものであるから、わたしがどれほど貶そうとも、それはわたし自身の教養の低さを露呈しているに過ぎない。だからモトジストの方々はわたしの戯れ言などを気にする必要はない。
檸檬、及び、この文庫に収められた作品は、悉く意味不明であった。文章は美しいと言うより格好いい。
血痰を金魚に喩えるところ、檸檬を爆弾に喩えるなどは非常に面白いと思った。だが、どれも話しが意味不明なのだ。
普通小説を読んでいるとその情景が浮かんでくるものであるが、この作品は情景が浮かぶそばから塗りつぶされてしまう、それを繰り返すようなもどかしさがある。
わたしは頑張って字面を追ったが、なにが書いてあるのかさっぱりわからなかった。そもそも、小説と言うにはどれも短い。この薄い文庫に20作品も収められているのだ。っしかし、詩ではないのである。小説未満詩以上。いや、これは新しいジャンルである。
とにかく読んでいてストレスが積もる。abさんごも意味不明であったが、物語の筋は一応あった。
「abさんご」は独特である - 文学・文具・文化 趣味に死す!
この檸檬、丸善の万年筆とタイアップしていたりするので、気になる方は読んでもいいかもしれない。わたしと異なる感受性の持ち主ならきっと楽しめるはずだ。なぜなら名作と名高いのだから。
著作権も切れいているので無料で読める。