一番すっきりしたのは、直江兼続が頭につけてる「愛」は「LOVE」ではなかった。という話だ。
たしかに、頭に「LOVE」なんてはっつけていたらタダの変態である。
あの「愛」は愛染明王の愛であったのだ。
では、愛ってなんだ?
愛はもともと日本語ではない。中国語からやってきた。
では、中国語で愛とはどういう意味か。
愛の象形文字は以下の通りである。朝陽字鑑精萃より。さっきAmazonで見たら994円で売ってたぞ。
以下漢字の語源より。こっちは430円で出てた。
この字は二つの字が組み合わさっている。
と
である。
↑意味はこっちの方で、「こっそり歩く」という意味だ。
↑こっちが音である。
慈愛とか愛情とかは借用。もともとこの字↓の意味である。
この字も旡と心で出来ていて、こちらが元々の愛情とか慈愛とかの意味らしい。
「旡」は「人に食べ物を恵与する心」である。
「愛」の本来の意味は「こっそり歩く」で「こっそり」「かくれる」「はっきりしない」そういう意味だったようだ。
その名残は今もあり、「曖昧」「靉靆」に残っている。
ひょっとしたら「愛人」も「愛」本来の意味だったりして。
詩経の「愛而不見」はLove is blindではなく、「隠れていて見えない」という意味。
つまり、直江兼続の頭は、「はっきりしていなかった」のかも知れないら。