紳士諸賢は紐靴の靴紐は硬く縛るべきであり、飾り程度に結んでスリッポン状態で履くのは邪道と習っているはずである。わたしもそのように習った。しかし、007ドクター・ノーでは驚愕のシーンがある。
それは、家に帰ったボンドが不穏な気配を感じる。ボンドは自身の足音を消すために、靴を脱ぐのだが、なんと片足のかかとにもう片足を引っかける形で、つまり、飲み屋の座敷に上がるおっさんのように、手を添えることもなく靴を脱いだ。それも、いとも簡単に脱げてしまっているのである。ボンドは靴紐をきつく縛ることなく、スリッポンのように紐靴を履いていたということである。それも、ブラックタイの正装で、だ。
演出上仕方のないことかも知れないが、そのように靴を英国人が履くということがあるということでもある。意味深なシーンであった。
日本は未だ靴を脱ぐ機会が多い。わたしは宴会がある日などは、あえて靴紐をきつく縛らない。脱ぐときに時間がかかり目立ってしまうからだ。しかし、足だけで靴が脱げるほど緩くは履かない。無論、頑張れば足だけでも脱げるのだろうが、そんな脱ぎ方をしては靴が傷んでしまう。履くときも、トントン履きはしない。靴べらがなければ履くのが難しいほどには紐を締めている。そもそも、ジャストフィットの靴を履くには、靴べらが必要なのだ。
あのシーンはスパイ映画的観点でなく、ダンディズム的観点から描写するなら、非現実的であったとしても、ボンドは紐を解いて靴を脱ぐべきであった。もちろん、手を添えて。